推理小説

赤毛のレドメイン家

 イーデン・フィルポッツの推理小説。江戸川乱歩が激賞したことで有名。自分も江戸川乱歩経由で知った。

休暇中の凄腕刑事のもとに殺人事件が発生。当事者から助けを求められて参戦すると、先日すれ違った素敵な女性が依頼者だった、という始まり。事件自体は犯人も被害者も割れているが、どちらも発見できずにいるうちに第2の事件が起こり、という筋書き。

乱歩風に行くと、最初の謎の提示については、状況は明確に見えるが、犯人も被害者も見つからない、特に犯人は赤毛に派手な服で、人目につくはずなのに、という点になると思う。これ自体はスタンダードで、特にプラスマイナスはない。

次の中盤のサスペンスについては、犯人が急に姿を見せたり、刑事から女性への恋慕があったりとなかなか面白い。ただ犯人がずっと同じ、目立つ服装そのままという点はさすがにちょっと不自然なのではないかなと。またそれも幽霊かもみたいな印象も持たせられるのでいいのかもしれない。場面がイギリスからイタリアへ移り、描写も細かいのはいい点。

最後のなぞ解きについては、別の探偵が後から事件をなぞり、真相に気づく。トリックはミステリになれた人なら気が付けるかなと思うくらいの意外性だが、別に悪くはないと思う。

総じて面白い話と思うが、探偵役や警察の捜査が雑すぎる気がする。いずれも死体が見つからないとなっているが、現場近くに数フィートの穴を掘って埋めていたり、潮の引いたときに海岸に埋めていたり、そんなの警察がちゃんと調べればわかるでしょという気がしてしまう。そこで見つかってしまうと元も子もないトリックなので、どうしても浅く見える。それでいて、犯人は天才的犯罪者気取りなのが、正直滑稽なレベルに見える。刑事も独断専行して犯人を捕らえる機会を逸したり、好きになってしまった女性の言動の裏付けも取らず信じていたり、総じて甘い。あとから出てくる探偵役にも、犯人役にもそうとう馬鹿にされるが、致し方ないかと。

あと最後に犯人の手記という形で細部が補完されるが、どうせなら女性側の視点も欲しかった。今回は男女ペアでの計画だが、どちらかというと犯罪者として優秀なのは女性の方なので。この女性の悪女ぶり、演技力は素晴らしく、名犯人をランク付けするとすれば自分の中でかなり上位に来ると思う。

  1. 八つ墓村
  2. ゼロ時間へ
  3. Yの構図
  4. 赤毛のレドメイン家
  5. 幻の女
  6. 陸橋殺人事件
  7. スイートホーム殺人事件
  8. 眩暈

陸橋殺人事件

ロナルド・A・ノックス著。

推理小説ファンにとって、最初に読むべきはアクロイド殺人事件、最後に読むべきは陸橋殺人事件という言われ方もするらしいが、正直何が特筆点なのか不明だった。

話としては面白くないわけではないが、目立ったトリックも、意外な犯人も、どんでん返しも特になく、至って普通な作品という印象。どんでん返しという意味では、被害者の妻の女性が犯人ぽいなと途中で思った。実際最後にカーマイクルの手紙でそういうにおわせもあったが、どうなのだろう。

敢えて特徴を探せば、素人探偵が幾度も間違った結論に勇み足するとか、4人のキャラクターが非常に立っていて、会話内容が面白いとか、そういった点だと思う。ホームズっぽいアプローチをするリーヴス、ポアロ的な心理を見るゴードン、理屈的なカーマイクル、探偵趣味はなく、迷信深い牧師のマリアットなど、程度は低いがいろいろなテイストでのアプローチが楽しめる。また背表紙を見て思ったが、登場人物が極端に絞られているので、より個々のキャラクターに焦点が当たっているようにも思える。

謎事態についても、その解決部分に多分に偶然やいきあたりばったりな点が多く、きちんと捜査すればすぐに露見する内容にも思える。実際、警察はきちんと地道に進めていて、真犯人の自白も警察がとっており、素人探偵側はそれこそ蚊帳の外で勇み足を続けているだけ、という話になる。実際、彼らがいなくても何も問題なかったはずだ。

そういう意味では、非常に現実的な話であるようにも思える。実際に素人探偵したい人が、殺人事件に関与したら、こんな感じになりそう。ただカーチェースに参戦していたりするので、そこはちょっと違うかもしれない。

現在のランキング。

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細い線

 

エドワード・アタイアという人の小説。この人は推理小説が本業ではないらしい。またこの本も推理小説かといわれると微妙ではある。

しかし、非常に面白い。心理、各人の心の動き方がリアル。フィクションで書いたというより、実際の経験ではと思ってしまう。いや、経験していたとしても、普通は一般的な観念やイメージに知らず知らず脚色され、こんなリアルにはかけないと思う。殺人を犯したピーターが、罪の意識に徐々にとらわれていく過程が面白い。いや、罪の意識と一口に言えず、徐々に追われるものが変わっていく過程が見える。

最初は単に警察に、周囲にばれないかどうかが心配。いったんつかまりそうにないとなったら、次は周囲に秘密を抱えていることに耐えられなくなる。事件の話題が出るたびにしらを切るのがつらくなり、人に打ち明けたいという欲望に耐えられなくなる。結果、妻マーガレットと、被害者の夫ウォルターには順番に打ち明けてしまう。

まず妻のマーガレット。これは比較的普通な発想か。ただ自分は単純に、打ち明けられたら妻は夫を怖がってそこから確執になると思っていたが、彼女はむしろ受け入れ、協力して難局を乗り切ろうとする。彼女は苦しむ夫を不憫に思いつつ、もし発覚したら今の生活、子供の将来がめちゃくちゃになることを危惧して、夫に忘れるよう求める。この辺りは、男女差が出るところ。ピーターは男性的で、自身や家族の幸せというよりも、社会的な規範やうそをついているという事実を嫌がっており、それを回避しようというムーブ。一方マーガレットは、自分とその周囲の利益のみを重視し、罪を犯したことそれ自体にはほとんど気にしていないように見える。告白により、夫婦の仲は改善され、いい形になったように見える。

この告白の成功に安心したのか、次に被害者の妻にも打ち明ける。マーガレットは止めるが、ピーターは実行してしまう。ピーターからすると、友達に隠し事したままにしたくないという、あくまで自分本位、ルールベースな発想で、その結果彼がどのような気持ちになるかはあまり真剣に考えない。こういうところは非常に人間心理を正確、リアルに描いていると思う。

実際、ウォルターの方も冷静に受け取り、むしろ妻と同じようにピーターの身の心配をする。このリアクションは人にもよると思うが、ちょっと普通ではない気もする。ただ、よくよく考えると、そういうリアクションする人もいそうに思える。この辺りのキャラクターの動きが、この小説は本当にリアルだと思う。

この二人への告白で気持ちは軽くなるが、それでも日々の些細なことを自分への糾弾のように感じてしまい、最終的に哲学に救いを求める。具体的には、カントの普遍的立法の原則とかいうのも持ち出して自分の行動を理屈づけ、道徳的に正しいことをすべき、というある意味強迫観念に取りつかれ、自首しようとする。こうした抽象的な理屈にとらわれ、自分とその周囲ではなく、社会の目線で物事をとらえてしまうというのは男性的だと思う。別の言い方では、自分の責任ではなく、あくまで理論で行動するという責任回避なのかもしれない。

実際マーガレット目線ではそれは非合理的な行動でしかないので、なんとか止めようといろいろと試みる。後半1/5くらいは目線、主人公はマーガレットに変化している。

しかし結局、ピーターの行動を止められないと悟ったマーガレットは、ピーターを殺してしまう。これも警察としては自殺として処理され、結果殺人の件は表に出ず、マーガレットとしてはピーターを失ってしまったが、一部目的を達成できた形となった。半年ほどたった後に、こどもがニュースに対するコメントとして、「人殺しのこどもなんて、つらいよね」と無邪気に言い放つが、それに対しても罪悪感ではなく、達成感を感じて、話は終わりとなる。ピーターとの対比が著しく、上手な終わり方であると思う。実はマーガレットのこうした大胆さには布石があり、冒頭で飼い猫?がけがをしたときに、マーガレットはもう助からないからと自宅のオーブンで殺してしまう。最初これを見てびっくりしたが、読み終わってからはマーガレットの人間性描写として意味があったのだと感じる。

全体として、心理の描写が非常にリアルで、心が痛くなり読み進めるのに抵抗を感じるほど。推理小説としてではなく、一般の小説として名作だと思う。