まずこの本はタイトル詐欺。クリスティーに触れているのは、たくさん掲載されている評論のうち、たった1つだけ。他の部分でも、ほんの少し触れる機会はあるが、実質300ページ中の15ページ。さらに言えば、価値を認めてはいるが、この本の中で本当に持ち上げられているのはポー、次点でチェスタトン。たぶん、クリスティをタイトルに入れたほうが売れるって判断でこうなっているのだろうなと思う。
ただ内容としては非常に面白く、自分がなぜ小説でなく推理小説に非常にひかれるのか、言語化されているのがよかった。「トリックを超越せよ」というくだりで、「たとえ使い古された謎を使用しても、その構成や表現に文学として優れたところがあるならば、十分存在価値がある」というのはまさにその通りだと思う。トリックや結末がわかっていても読んでしまう推理小説が優れているのは言うまでもない。またミステリーの歴史的な変遷や、各作家の位置づけなども整理できたので、今後の読書にも生かせると思う。またその意味では、乱歩が感銘を受けた小説がいろいろと紹介されているので、未読のものをメモして読んでいこうと思う。
一応クリスティーについての記載を拾っておくと、彼女の特異な点は、年々作品の質が向上しているところだという。推理小説というジャンルでは、どうしてもアイディア勝負な部分も大きく、通常初期の作品がその作家にとってベストであることがほとんどだが、クリスティーに関しては後期のほうがよい(と乱歩は評価している)とのこと。また彼女の魅力として、「一口に言えば、気の利いたメロドラマとトリックの脅威の組み合わせ」であるとし、トリック自体の目新しさはないが、その組み合わせに妙がある、としている。これは自分も同意見で、まさにトリックを超越した文学になっている。